今では高架工事によってほとんど無くなりましたが、
阪神電車の門型架線柱はかつて鉄骨でできた見事なものでした。いつごろの製造か分かりませんが、集電が
パンタグラフになった1930(昭和5)年頃からだろうと思います。昭和初期は関西私鉄の黄金期で
ターミナル駅や
複々線、鋼製車両など設備面でも飛躍の時期でしたが、
阪神の場合、本線併用軌道の廃止もあいまって一気に体質改善が行われたようです。
1985年撮影の魚崎ー青木間の架線柱です。現在は高架工事中です。

で、まずは一段の普通の鉄骨構造架線柱を探してみると、トミックスのものが以前から有りました。
プラスチックモールドで鉄骨を表現するのは型抜き上、前後方向しかできませんが、良い雰囲気です。比較的安いのでこれを主に使いました。
トミックス 3078 複線架線柱・鉄骨形(24本セット)

最近になって、カトー(
関水金属)のものも出ました。
こちらはわざわざ2部品を組み立てて側面も穴があいています。それと水平方向のトラスビームの鉄骨密度が大変良い出来です。
カトー 23-063 複線ワイドラーメン架線柱(6本セット)

さて、
阪神や同時期の私鉄は、2段式架線柱が多く設置されています。上段には特別高圧線がひかれていました。
近鉄の架線柱は今も健在ですが、鉄骨の密度や形状はやはりこの頃の
阪神のものが一番良かったと勝手に思っています。

1981年の
魚崎駅に見られた架線柱です。1990年頃橋上駅舎工事でなくなりました。

で、この2段式鉄骨架線柱は、難題でした。市販品では当初無かったので、自作も考えました。透明シートにプリンタで印刷し、透明アクリル四角柱に貼付ける、というようなことを考えつきましたが、グレーの色を不透明なインクで印刷することができず(グレーは黒インクをまばらに吐出するため)諦めた経緯が有ります。
そこに、ネコ・パブリッシング「ホビダスRMMハイ
パーパーツ RMM-S215 架線柱A(門型鉄塔)」という商品がでてきました。これはステンレス
エッチング製で、高価ですが良く出来ています。ただ、全部これで作るのは予算もかさみますのでやめました。

そうしていると、FLOR VERDE(フローベルデ)【 PM-202 (00202) 】 高圧線兼用架線柱 (
Nゲージ用) ペーパー製キットという製品が出ました。これは厚紙をレーザーカッターで抜いたものですが、なかなか高精度です。それに3組はいっていてお得。なお、銀色印刷済みのものと無色のものがありますが、無色のものの方が安くてお薦め。ただ、2段目のビームへ至る柱がV字なのは
近鉄で見られる形状ですね。

というように、懸念事項の架線柱がそろったので、いよいよ完成へ向けて仕上げです。
ところで、
阪神電気鉄道は1908年から関西私鉄で初めて電気供給事業を開始。戦前に起こった電力の国家管理政策に伴う事業譲渡までの35年間、
阪神の収益源でした。
南海電鉄、
阪急電鉄、
京阪電鉄、大阪電軌(現
近鉄)も後に続きました。ですので、
特高線は電気供給を行っていた電鉄各社に見られました。
写真は現在も尼崎車庫にある、1904年竣工の元・尼崎火力
発電所です。ここで発電された電気は電車線だけでなく、一般家庭への給電もしていました。