naka-maの心言・2

http://naka-ma.tea-nifty.com/butubutu/ 「naka-maの心言」続編です

「さくら」の終焉

寝台特急「さくら」号は、東京から九州方面へ向かう”ブルートレイン”のトップバッターとして、真っ先に西へ向かう。列車番号「1」であったのは、もう随分前のことだ。
筆者は、小学生の頃、保土ケ谷-東戸塚間の東海道線に、よく電車を見に、自転車で遊びに行ったものだが、午後の「あまぎ」を見た後は、この寝台特急が来るまでは、と粘ったものだ。
逆に、東京へ上るスジは寝台特急の最終バッターであったから、夏休みには、朝、ラジオ体操の後、「あさかぜ」、「みずほ」、「はやぶさ」、「富士」と見届け、「さくら」まで見ると、さすがに暑く、午前中の勉強などできない。

その「さくら」と「あさかぜ」が、今年度中に廃止になると聞き、なんとか最後に乗っておきたいと考えていたが、たまたま出張があったのを機会に、実現した。

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横浜駅に入線する「さくら/はやぶさ」。数年前から「さくら」と「はやぶさ」は併結されていた。

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鳥栖で分離し「さくら」は長崎、「はやぶさ」は熊本へ向かう。

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B寝台(昔の2等寝台)でありながら、コンパートメント(個室)カーである。ただし一両のみ。知らないと損する。

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狭いながらもプライベート空間を確保。キー付きの部屋である。

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一夜明け、下関で電気機関車EF66はお役ご免。表に出た電源車の表情は、くたびれて、艶もなく、寝起きの女性・・おっと、失言。

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関門トンネル専用のEF81(ステンレス車体)が牽引する。

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今度は、九州上陸後、ED76の真っ赤な電気機関車に交代。

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朝起きてから、「ロビーカー」のソファでくつろぐ。登場時は豪華車両と騒がれたが、20年も経過し、老朽化。でもゆったりできる。


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博多駅から先へ向かう「さくら」。さくらのテールマークは昔(と言っても1975年頃から)と変わらない。

今回15年ぶり(「はやぶさ」であったが)に乗ってみて、食堂車もなく、車内販売も朝までなく、車両もすでに廃車に向けて、メンテナンスがされず、案の定、乗客も少ない。これでは廃止の為にこうしているのかとも思えてしまう。

かつて、1958年、初めてのブルートレイン20系は「走るホテル」と呼ばれ、1975年頃の「ブルトレ」ブームの時に、24系25型でB寝台も2段寝台になった。設備も高級化されたが、新幹線、航空機の普及によって、乗客は減少、さらに国鉄が分割民営化され、東日本、東海、西日本、九州をとおして走る「九州特急」はJR九州が運行することになったが、ただ通過するだけの各社、特にラッシュ時に通過する特急が走ることにJR東日本は難色を示した。

このような状況の中、九州新幹線も部分開通した現在では、もう任務終了の日も近い。

東京から九州方面の寝台は「富士/はやぶさ」が併結列車としてかろうじて残る。かつての栄光を知るものにとっては、いっそのこと、全部無くなってくれた方が、痛々しい姿で走り続けるより、心が痛まないのだが。